2001/10/10更新
今日のエッセイ
ホールの音

満月が薄雲に霞んだ、風のない夜、
仕事を終えて、バス停へと歩いていた。
と、何処からともなく波の音がしている。
海岸線は遠いし、風も波も無い海では、
こんな所まで波の音が聞こえるはずはない。
波の音は何処から聞こえているのだろう、

耳を澄ますと、道の真ん中から聞こえてくる。
音のする方へと近づくと、なんと、
道路の真ん中にある、マンホールから聞こえて来るではないか。
マンホールの鉄のフタ下から、
その空間で反響しあい、増幅された波の音が、
それこそホールで聞くクラシック音楽のように、荘厳に響いていた。

どうやら、川の岸壁に通じる導管が有り、そこから波が入り、
マンホールの下で音を立てているようだった。

汐の干満で、聞こえる時はごく限られるのだろうが、
静かな夜に、静かな月の光の中で、広がりのある不思議な波の音。
これは、幸運と偶然の結果だろう。

歩道の手すりに腰をかけ、マンホールを見つめて、
しばしその音を聞いていた。

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