2000/06/21更新
今日のエッセイ
空を目指す翼

ガルーダ・インドネシア航空機の事故から、3年の月日が流れた。
ガルーダはインドネシアの、翼を持った守り神であり、
それ故に航空会社の名称にも採用されたものであろうことは、想像に難くない。
日本でも、日本航空のシンボルは鶴である。
同様に、世界各国の航空会社のシンボルは、翼を持った神様や、鳥・動物が多い。
空への憧れは、同時に安全への願いでもあり、それ故に自由に空を飛ぶことができる、
人間が古来憧れていた対象をシンボルとして採用することが多いのだろう。

それでは、国内航空路線の巨人、全日空のシンボルは?
かつては垂直尾翼にも描かれていた。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた、飛行装置、ヘリコプターのデッサンだ。
いまでも社章は○にこの飛行装置の絵柄が着いている。
そういう意味では、ANAは機体に空を飛ぶこととはほど遠い鯨の絵を描いてみたり、
最近では、ポケモンの絵を描いて見たりと、
飛行機は人工物である、という前提に立った経営と運行をしているように、私には映る。

ところで、空から海に目を移すと、船の名前は、男性名詞が多い。
海という字には、母という字が含まれているように、海は女性とされてきた。
だから、古来より、船には男性名詞としての○○丸(牛和歌丸など)という名が
付けられてきたのだ。
ところが、、日本を代表する客船の名は、飛鳥。
本来、空を飛ぶことのない船に、翔鳥という意味の名が付けられている。
旧日本海軍の艦名の付け方に習ったのか、
それとも航空機にその立場を奪われた、海運界の期待を込めた名前なのだろうか。
何れにしても、皮肉な名前ではないか。

あの事故以来、私が出張する度、当時3歳の娘は、
「お父さん、飛行機なの?」と聞いていたという。

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