2005/6/9

私が子どもの頃

先日数年ぶりに会った日本人の友人と、自分たちの子供の頃の話になりました。

事の始めは、長男が自分ひとりでバスを待つから見送りをしなくていい、と言い出したこと。とんでもありません、私は5歳の子供をひとりで道路の脇にぽつんと待たしておくことはできません。

それで思い出した私の越境通学。私は祖父母の家のある校区の小学校に、1年生の時から少しの間、ひとりでバスで通っていたのです。放課後、一旦家に帰ってから、また定期を使って友達の家に遊びに行く、ということも毎日していました。

私が私の親の立場だったら、とても同じ事をさせられそうにありません。この頃から私がかなり自由に育てられていたのは周知ですが、世の中がまだのん気だったにしても、親は大きな決断をしてくれました。

私たちが幼稚園の頃は、近所の友達の家にひとりで歩いて行って、日が暮れるまで遊んでいましたし、小学校に上がると、市民プールにも小銭を持って、友達と一緒に長い道のりを歩いたものです。友人との話の結論は、私たちの子供の頃は、どこに行くにしても、親には何時までに戻ることを約束して、あとは町の中を探検して遊びまわっていた、ということ。そしてそんな自由を許してくれた親は、どういう心境だったのか、ということでした。

今の時代、我が家の息子たちにもそんな日々がやってくるのでしょうか?  友人も結婚してアメリカに住んでいますが、とてもそんなことを子供にさせることはできない、と言っていました。時代も、そして環境もその頃とは違い過ぎるのです。

小さな町にしても、公園やプールに行くには、車がないと行けない距離ですし、万が一(事故や病気)のことを考えると、送迎だけしてあとは子供に任せる、のは難しそうです。

小学生以下の子供たちだけで留守番させるのは違法、ということもあります。

こんな環境の中、自立心が旺盛になってきた子供たちに、これからどう対応して行くのか、親も教育されているんですよねえ。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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