2004/3/25

母のこと

1月3日にやって来た母が、とうとう日本に帰ってしまいました。

来る前は、「私は役に立たないからね、期待しちゃだめよ」と言っていたのですが、なんのなんの。最初の一ヶ月は、まず私におふくろの味を堪能させてくれた上に、「あなた達、のんびりし過ぎ!」と引越しの箱詰めの陣頭指揮に立ちました。おかげで、引越しと同時に台所を機能させることができたのですから、大したものです。
私の出産後は、母乳のためと「さあ食べて、もっと食べて、二人分だから!」と半ば強制するように、毎食大盛りの食事を用意してくれました。

くるくると動いていた母は、何度か疲れている様子は見せましたが、慣れてきた長男と生まれたばかりの次男と別れるのが寂しくなったのか、術後の回復が遅い娘を不憫に思ったのか、帰国を予定より2週間延ばしてくれました。私にとって母のいる生活は、実家に帰って出産したのと同じく、とても居心地が良いものでしたし、また私自身が母親となっていても、母の前では遠慮なく娘に戻り、甘えられるというのは、とても幸せなことだと実感しました。

それにしても、母は10週間、日本のテレビや新聞のない生活に良く耐えたものです。でも、存分にある時間で、電話や手紙では伝わり難かったお互いの近況を6年分話し、また育児のことや私が母親となって初めてわかった母の気持ちなどを語ることができたのは、本当に良かったと心から思いました。次男の出産で初めて実現した機会かもしれません。

親と遠く離れて暮らす人は皆思うのでしょうけれど、私たちの場合は、次回はいつ会えるかという約束がありません。空港では家族で幸せそうに笑った顔で見送りたいと、頑張って涙を流さなかったのですが、引っ越した時から一緒だった家に戻って、がっくり。さらに、長男が「おばあちゃんに電話して『また明日遊ぼうね』って言うんだ」という言葉を聞いて、涙がどっと溢れてきました。

もっと親孝行したい、という気持ちだけ焦って、甘えるばかり。なかなか言葉や行動にできない自分に、いつも歯がゆいばかりです。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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