2004/3/18

出産その3

夫が意気揚々と次男を抱いて新生児室に歩いている間、私は麻酔薬の副反応を抑える薬で意識が朦朧となっていました。また術後の痛みを抑える薬は特にモルフィンが入っていたらしく、面会に来た母や夫とも話しながら寝てしまう始末だったそうです。更に鎮痛剤も、母乳に影響はないのかと何度も念押しをしたほど、毎回かなりの量を飲まされ、薬漬けになったかのようでした。

入院した日は、分娩もできて家族も泊まれる快適な個人部屋に入り、手術後はナースステーション前の部屋へ。二日目にはベッドひとつがやっとの狭い部屋へと次々と移されました。最後の部屋は、夫と私が「早く退院して下さい部屋」と呼んだほど手狭。しかも空調がうるさく、一睡もできずに夜を明かしました。家の方が眠れると思ったのと、家族が恋しくなり、翌日には「できるだけ早く退院させて下さい」と申し出たほど、居心地が悪い部屋でした。

結局、私は2泊3日で退院してきました。帝王切開の場合は、大抵の保険が3泊4日までカバーするので、一日早く切り上げたことになります。家に戻ってからも、寝たり起きたり。傷もお腹も痛くて、次男を抱えることさえ大変で本当に辛かったのですが、家族が傍にいるというだけで、とても心強く思いました。術後7日目に最初の検診。「ビキニが着れるわよ!」とはしゃぐ医師を横目に、「この痛みを何とかして欲しい」と心の中でつぶやきました。そして、その後3日もすると、恐ろしく浮腫んでいた手足が元に戻り、くしゃみや咳をしてもお腹が強く痛まなくなりました。おそらく日本ではこの頃が退院の時期でしょうか。

夫は8日間休みを取り、見事にMr. Mamaとなって長男の世話をし、母と協力して家事をこなしてくれました。心配していた二人のコミュニケーションも、何とかうまくいったようです。また今回を機に、長男と夫がより強い親子の絆を結んだようですし、長男と母の間にも心が通じる部分ができたようです。
家族の中に違った形で生み出されたものも多い、次男の誕生でした。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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