2004/1/15

おばあちゃんがやって来た

私の出産と我が家の引越しに合わせて、母がやってきました。

夫と私が折に触れて、遊びに来て欲しいと言っていたのですが、6年目にしてようやく実現。私と同じ町に住む友人が、日本へ帰省した後アメリカに戻ってくる際に、母を便乗させてもらったのです。英語を全く話さない母にとって、機内でのことや移民局の手続きなど、友人が一緒ということで、心強く快適な旅ができたようです。

母は昭和一桁生まれで、しかも私に負けず劣らずの心配性です。
旅行にその気になったところで、かかりつけの医師のところに何度も相談に行って、終いにはMRIという脳のスキャン検査までしたそうです。
いざ、来ると決めてからは、チケットの購入をして海外旅行保険に加入。シャンプー(!?)や薬の有無など、小さなことを毎日のように電話で確認してきました。
そして出発1ヶ月前には、手ぶらで来ることにした、と衣類や身の回りのものをあらかじめ箱詰めにして送ったのです。ところが普段なら2週間もあれば着くはずのその荷物が、母が離日するまでにこちらに届かず、旅行の不安に重ねて、荷物の心配をすることになりました。(この荷物は、米食品医薬品局の検閲後、結局5週間後に手元に届きました。)
何かをいつも心配しておかないと済まない性分は、母娘ともに一緒です。

いよいよ到着当日。早朝、空港の到着ラウンジに現れた母は、前回会った3年前から更に一回り小さくなり、しかも時差による疲れでやつれきっていました。
かなり強引に来るように計画したことを、母に申し訳なく思ったと同時に、2ヶ月の滞在がとても心配になりました。

ところが、のんびり過ごして5日ほど経った頃から、母は徐々にいつもの元気を取り戻してきました。今は毎日台所に立ち、腕を奮って惣菜や日本の家庭料理を作ってくれています。懐かしい母の味です。
夫は、母と私の日本語のおしゃべりを辛抱強く聞き、息子に3年ぶり2度目に会った「おばあちゃん」を尊敬することを教えています。母と息子のコミュニケーションも、今のところまずまずといったところでしょうか。

母曰く「アメリカの大らかな風土と人間性」で、すっかりリフレッシュしているそうです。
ホッとしました。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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