2002/6/27

家族のことを話すとき

公園で会うお馴染みに、上は11歳から下は2歳の4人姉妹がいます。この姉妹は、息子と私をとても近しく思ってくれていて、いつも大きなハグ(大好きだよの意味で抱いて背中をとんとんと叩く)をした後は、全員が一斉に競争して、家族のこと、友達のことを私に話し出します。

その会話の中から、彼女達の両親が別居していることを知りました。お父さんは家も車も小さい、お母さんの家は庭が広くて良い、などを何のためらいも無く話します。いつも一緒の父親はにこにこしながらそんな子供たちを見ています。このあっけらかんとした様子、また2歳の幼児もそういった家庭環境を事実として受け入れている様子に最初はとてもびっくりしました。

ある友人は、「離婚した母親が再婚して、自分は継父の養子になったから、実の父親は公式に自分とは何の関係もなくなってるのよ、出生証明書も継父の名前に変わったの。実の父親に後々何かあっても、私には援助する義務もないっていうことね。」と冗談も交えて話してくれたことがあります。アメリカには戸籍制度がありませんから、郡が発行する出生証明書が戸籍と同様の役目を果たすのです。日本だと戸籍から実の父親の名前が抹消された、ということと同じですね。

先日「KIKUJIRO」という邦画ビデオを見ました。
母親探しをする少年とそれを助けた(?)主人公の短い旅の話です。少年の母親は少年を産み、彼を自分の母親に託したまま、少年の父親とは別の人と結婚して子供もいる、という設定でした。
この映画を見てすぐに、夫は、なぜ母親はその少年を連れて結婚しなかったの?と私に尋ね、アメリカならその少年を連れて結婚するのは、たぶん普通だろうな、と言いました。

「アダプション(養子縁組)」「ステップマム(継母)」「ステップダッド(継父)」という言葉は頻繁に聞きますし、アメリカでは、それらは恥ずかしいことでも隠すことでもないのです。ただし、その背景には、高い離婚率、高校生など若年層の妊娠と出産など、日本とは社会環境の大きな違いがあるということも忘れてはいけない事実です。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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