2002/4/25

迷子になったわが子

起きてはならない、事件が起こりました。郵便局で用を済ませていた時のこと。
息子は、いつもなら局内を探検しては私の所にちょくちょく戻ってくるのに、ふと気づいたら視界にいません。ほんの数秒、書類に目を移したすきです。青ざめました。私書箱が並ぶ通路、切手コーナーを大声で呼びながら走りました。局員や客も私のただ事でない様子に手をとめ、局内を探してくれました。外に出て車を停めている場所にも行ってみましたが、いません。小さな町とはいえ、メインストリートの交通量は少なくありません。「交通事故」「誘拐」という二つの言葉が頭の中を渦巻く中、走り続けました。

そうして郵便局の裏手に行ったところで、3人の子供を連れながら走って探してくれた女性が、自分の子供を片手に、うちの息子をもう片手に抱えて歩いてくるのを見た時の気持ちといったら。息子本人も泣いていましたが、私は彼女への感謝と息子が無事でいたことの安堵、そして自責の念で、涙がぼろぼろとこぼれてきました。なんて情けない母親でしょう。
彼女は、お姉さんの子供がショッピングモールで迷子になり大変だったということと、誰にでも起こりうることだから、あまり自分を責めないようにと言って去っていきました。

アメリカでは届け出があったものだけでも、1年間に100万人の子供が迷子、行方不明になり、そのうち1割以上が犯罪に巻き込まれた、もしくは巻き込まれそうになった、のだそうです。こんな事故のあとでは、店の掲示板で見る顔写真つきの「missing kid」(行方不明の子供)のチラシもひとごとでなく思われてきます。

翌日夫が、同じ職場で働く人のお兄さんは、買い物に行って子供をスーパーに忘れてしまい、家に着く寸前まで気がつかなかった。しかも2回も同じことをした。という話を聞いてきました。夫が私を慰めようとしてくれた気持ちには感謝しますが、私の身の凍るような5分間は忘れられませんし、忘れてはいけない教訓です。

親と子で身に着けて、子供が離れるとメロディがなる親子バッジ。あのコマーシャルを「こんなこと、ねえ」なんて、笑って見ている場合じゃありませんでした。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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