2002/2/7

ふたつの国の言葉

息子には私たちのできる限りで、主人と私の生まれ育った二つの国の文化をわかってもらえるようにしたいと思っています。その基本が言葉で、我が家では主人は英語で、私は日本語で息子と話すように心掛けています。

先日、例の「かかりつけ」を作る為に息子を医者に連れて行ったところ、やはりそこでも言葉の話になりました。私は今の我が家のやりかたを続けると、幼稚園に入った時に英語の知識で足りないことがたくさんでてきて、いじめに合わないかと心配していたのです。私たちの方針に対して医者は
「今はむしろ日本語だけを刷り込んだ方がいいくらい、子供の頭は柔軟なの。このクリニックに来るメキシコからの移民の子供達は、幼稚園に上がるまでみーんな英語話さないのよ。そのうちどうしたって英語を覚えるんだから、大丈夫。」
と励ましの言葉。背中を押してもらったようでちょっと安心できました。

また彼女は
「私の父はドイツからの移民なんだけど、ドイツ語は全然教えてもらえなかったのよ。今思うととても残念。」
と、ぽつり。その女医の友人の韓国系、中国系アメリカ人も同様に親の母国の言葉は全く学べなかったらしいし、私の友人の祖父(メキシコからの移民)は、自分の子供達にスペイン語は教えず英語を徹底的に学ばせたそうです。移民の歴史が長いアメリカですが、移り住んで来た人達は言葉が通じず、またそこここで受けたであろう差別に苦労して生活を築いてきたのです。だからこそ子供達にはそんな苦労とは無縁の「アメリカ人」として生きることにこだわった、のでしょうか。逆に今は国際化がうたわれ、多くの親が「どうやって子供をバイリンガルに育てるか」に非常に熱心な世の中となりました。関する本もあふれるほど出回っています。
その日は、時代の大きな流れ、社会情勢の変化について考えざるを得ませんでした。

ちょっと遠い将来の話。いつか息子が「ぼく、こんなややこしいこと嫌だ」と言う時、その時は何故私たちがそうやってきたのかを彼の納得のいくまで話すことになるでしょう。そこで私たちが望んでいるようになるかもしれないし、ならないかもしれません。それも彼の選択です。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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