「一斉に、同じように」ではない保育のかたち

BC州の保育の特徴は、今も昔も「自由度の高さ」にあります。取材時に出会ったママたちによると、プリスクールは毎日終日通わせる家庭もあれば、午前だけ、午後だけ、週に数回だけという通わせ方も当たり前。同じ系列の園でも一律のプログラムを行っているところはほとんどなく、年齢を分けずに3〜5歳児を一緒に保育する園もあり、親の都合や子どもの個性に合わせて選べる仕組みが根付いています。

先生たちが大切にしていたのは「子どもたちが何を伝えたいのか、耳を傾けること」。子どもによって必要なものは違うから、一人ひとりをちゃんと見てあげる。トラブルも、できるだけ子ども同士で解決できるように見守る。世界中から移民を受け入れているカナダらしく、肌の色や母国語の違いを「学ぶべき当たり前のこと」として扱い、教材にもさまざまな肌の色を知るツールが使われていました。この「多様性を前提にした保育観」は、今も変わらないカナダの子育ての土台です。

出産・子育てをめぐる医療事情:当時と今

現地でベビーマッサージクラスを通じて知り合ったというママたちへの取材では、日本との違いとしてこんな声が上がっていました。

  • 妊婦健診での体重管理が日本ほど厳しくなく、「妊娠8ヶ月で18kg増えても助産師さんに褒められた」というエピソードも。
  • 出産までのケアは、助産師(ミッドワイフ)にかかるか産婦人科医にかかるかを自分で選べる。
  • ふだんの通院は基本的に「ファミリードクター」がベースで、お産に対応できるファミリードクターならそのまま出産まで診てくれることもある。重い病気の場合はスペシャリスト(専門医)につないでもらう。
  • 陣痛が始まったときに付き添ってくれる「ドゥーラ」という存在もあり、ママに寄り添うサポートが広がっている。

このうち、体重管理の考え方の違いや、助産師と産婦人科医のどちらかを選べる仕組み、ドゥーラのサポートは今も基本的に変わっていません。一方で、大きく状況が変わったのが「ファミリードクター」の部分です。現在、BC州でかかりつけの家庭医や医療専門職を持たない住民は約130万人にのぼり、これは2017年比で45%の増加だと報告されています。2025年時点の州の記録では、家庭医やナース・プラクティショナーがいない住民が140万人を超え、州人口のおよそ4人に1人にあたるという調査結果も出ています。かつては「かかりつけのファミリードクターがそのまま出産まで診てくれる」ことが当たり前でしたが、現在は妊婦さん自身がまずファミリードクターを見つけられるかどうかが課題になっており、助産師や産科医療機関、ウォークインクリニックを頼るケースが増えています。

 

「こうすべき」がない、カナダ流のやさしさ

カナダ発祥の親支援プログラム「Nobody’s Perfect(完璧な親はいない)」。「完璧な親はいない」という前提に立ち、できる範囲のことをすればいい、という考え方で親同士が学び合うこのプログラムは、カナダ生まれの子育て支援策として今も各地で活用されています。

取材時に印象的だったのが、「カナダの人たちはとにかく優しい」という声がママたち全員から挙がったことです。ベビーカーを押して電車に乗ればさっとスペースを空けてくれる、子どもがぐずっていると歌をうたってあやしてくれる人がいる――。「こうすべき」という画一的な子育て観がなく、それぞれの子育てのやり方が尊重され、他の子との違いを楽しめる空気があることが、カナダで子育てがしやすいと感じる理由だったそうです。この空気感は、今も変わらないカナダらしさとして残っています。

バラマキ型の手当から、所得連動型の手厚い給付へ

2014年取材当時、カナダの子育て支援の柱は、6歳以下の子どもがいる家庭へ、連邦政府から月100ドル、BC州から月55ドルが小切手で支給されるという、いわば「一律定額」の給付でした。

この仕組みは2016年に大きく様変わりし、現在は「Canada Child Benefit(CCB)」という非課税の給付金に一本化されています。6歳未満の子ども1人につき年間8,157ドル(月679.75ドル)、6〜17歳は年間6,883ドル(月573.58ドル)が上限で、世帯の調整後所得が38,237ドルを超えると段階的に減額される仕組みです。つまり「誰にでも一律少額」だった給付は、「所得が低い家庭ほど手厚く支援する」制度へと設計思想そのものが転換しました。

 

保育施設「量的拡大」から「$10/日」への転換、そして踊り場へ

取材当時のBC州は、2020年までに子どもの数が1割増えると見込み、3年間で2,000カ所の認可保育施設開設を目指すという「量的拡大」の真っ只中でした。大型保育園から個人宅での預かり、依頼者宅で世話をするナニーまで、多様なライセンス形態が用意されていたのも特徴でした。

その後、BC州が打ち出した目玉政策が「$10 a Day ChildCareBC」、1日10ドルで利用できる保育の拡大です。2018年以降、BC州全体で約1,450施設、およそ58,000カ所の新たな認可保育スペースが生まれました。しかし2026年2月に発表された州予算では、「家族はいまだに順番待ちリストに載ったままで、月2,000ドルの保育料を払い続けている家庭もあり、保育士の待遇も低いままだ」という現場の声を受け、新規事業者の登録拡大と運営資金モデルの拡大を3年間の「安定化期間」として一時停止することが決まりました。すでに登録済みの家庭・事業者への影響はないものの、待機リストの解消や保育士の待遇改善といった課題は残されたままです。

つまり、取材当時の「施設数を増やす」拡大フェーズは、その後「保育料そのものを定額に抑える」という質的な転換を経て一定の成果を上げたものの、2026年現在は財源と保育士の処遇という壁にぶつかり、次の一手を模索している段階にあります。

 

変わらない土台と、変わりゆく制度

BC州の子育てを取材した当時から今も変わらないのは、「子ども一人ひとりを尊重する」保育文化と、「こうすべき」を押しつけないカナダ流のおおらかさです。多様な文化的背景を持つ子どもたちが分け隔てなく学び合う環境や、親の事情に合わせて選べる保育スタイルは、今も健在です。

一方で、支援の「仕組み」は大きく変わりました。一律定額の子ども手当は所得連動型の手厚い給付へ、保育施設は「増やす」政策から「安くする」政策へと軸足を移し、現在はその安定化に向けた踊り場を迎えています。さらに、当時は当たり前だった「ファミリードクターが出産まで診てくれる」という前提も、深刻な家庭医不足によって揺らいでいます。制度は時代とともに姿を変えながらも、「それぞれの子どもと家族のかたちを尊重する」というカナダの子育ての根っこは、今も変わらず息づいているようです。