2008/5/15

海を渡ってきた手紙

ある日、友人から日本語の翻訳を依頼されました。
B4サイズのその紙には、小学校高学年と思われる女の子の筆跡で、彼女の名前と「友達になろうよ」の言葉、そして横浜タワーの絵が書いてありました。

友人によると、その紙は近辺の浜に打ち上げられたボトルの中に入っていたとのこと。ボトルを拾ったのは、浜辺を散歩しながら面白そうなものを収集するのを趣味にしている元船長で、その孫が私の友人にボトルの存在を紹介したのが話の始まりでした。
本業は教師ですが、地元新聞の記者でもある友人は、できれば記事にしたいので、詳しい事情を知りたいと言い出しました。もともと好奇心が旺盛な私も、日本と聞いてじっとしていられません。紙に記載されている横浜青年会議所(横浜JC)に連絡を取ってみることにしました。

長い年月をかけて太平洋を渡ってきたであろう手紙を、デジタルカメラに収め、文書をパソコンに打ち、一瞬のうちに電子メールとして送る。何かわかるかもしれないという興奮と同時に、不思議な気持ちで作業を進めました。
横浜JCの方と何度か電子メールでやりとりをするうちに、このボトルは1989年、今から19年前に地元横浜の小学生たちが流したものだということがわかりました。この子育て奮闘記を読んで頂いている方の中に、「もしかして私?」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんね。個人を特定できる情報は「Kinue OKARAHA」と記載されているお名前だけです。お心当たりのある方は、是非横浜JC (045) 671-7485までご連絡をお願い致します。

うちの子供たちがここからボトルを流すと、日本に流れ着く可能性があるのか・・・横浜JCの方によると日本からアメリカへは太平洋1/4、その反対は3/4と大回りになるとこのこと。うーん、何年かかるのか見当もつかないし、大回りする分破損する可能性も大きくなりますね。ダメ!そんな現実的なことを考えているのは、私が夢がない大人の証拠。
横浜JCからの吉報を心待ちにしています。


アメリカからのこそだて奮闘記


日本で大手企業の広報課長を務めているときに、アメリカ人の英会話教室の先生と結婚、渡米。日米の文化の違いに悩まされながら、子育てに奮闘中。

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