2000/06/25更新
今日のエッセイ
サービスの間と呼吸

煉瓦づくりでクラシックな佇まいの東京駅。
ご存じのように、この建物は歴史ある東京ステーションホテルでもある。
このホテルの南側の赤い絨毯の階段を登り、2階へ上りきると
右側に年季の入った木の扉のバーがある。
扉を開けて中にはいる。そこはこじんまりとした、居ごこちのいい空間。
10人も座れば一杯になる、L字のカウンターと、小さなテーブル席が少し。
風が涼しい日には、小さな窓が開けられる。
窓からは、東京駅のホームが見下ろせ、
ホームを出入りする列車を眺めることがで きる。

夕方、まだ外に明るさが残る頃にカウンターに座る。
カウンターから見る窓は、中が暗いために、額縁の絵、
あるいはTVの画面のよう に存在し、 バーの中の景色を消してしまう。
カウンターの中には、寡黙なバーテンダーが、静かに仕事をしている。

ホームを列車が離れていくのを見届けて、お酒を注文した。
静かに置かれたグラスを持ち、また外に目をやる。
中央線の列車が5本ほど出発した頃、グラスが空になった。
さて、今日は一杯だけで帰ろうか、と思いながらもう一度外に目をやると、
ホームは蛍光灯の明かりに浮かび上がり、さっきまでとは違う表情を見せていた。
人の流れも幾分緩やかになり、
電車の駅から、列車の駅の佇まいに変わろうとして いた。
やっぱり、もう一杯。と思いなおした。

五分刈りのバーテンダーは、それまで一言の口も聞かず、
静かに・穏やかにグラスを磨いていた。
ところが、僕の心変わりを見抜いたように、「次は何を作りましょうか?」と訪ね てきた。 不思議だった 。
それまでは、何も聞かないで、静かに自分の手元を見、仕事をしていたのに。

それから何度か訪れたが、いつも同じだった。
今日はもうこれで終わりにしよう、と思う時には何も言わない。
もう一杯欲しいな、と思うと絶妙のタイミングで訪ねてくる。

最後に顔を出してから、何年になるだろう。
今もあのバーテンダーは居るのだろうか、久しぶりに覗いてみよう。

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